暮らしを整えることは、自分を大切にすることだと思う

暮らしを整える

最近、自分でも少し笑ってしまうくらい、お弁当箱を探していました。

Amazonや楽天のお弁当箱カテゴリを、検索条件を変えながら何度も何度も見ていました。(笑)

ミレーのリュックから始まった、お弁当箱探し

きっかけは、通勤リュックを新しくしたことです。

母が私の誕生日プレゼントに買ってくれた、ミレーのリュック「EXP17」でした。

実際に使い始めてみると、とても軽いし、使いやすくて気に入っています。

そのリュックには、横から荷物を出し入れできる、ちょうどお弁当箱が入りそうなサイズと形のポケットがあります。

「ここにお弁当箱を入れられたら、荷物がすっきりまとまるなぁ。」

そう思ったところから、私の「お弁当箱探し」が始まりました。

幅、高さ、長さ。

何度もポケットのサイズを測って、まずはネットで探してみました。

「これなら入るかな。」

「いや、でも実際に見て、入れてみないと分からないな。」

そんなことを、何度も何度も繰り返していました。

けれど、ネットではなかなか「これだ」と思えるものを見つけられませんでした。

そして、紆余曲折あって、結局落ち着きそうなのが100円ショップのタッパーです。(笑)

散々探した結果が100均。

自分でも思わずニヤッとしてしまいます。

さらに、お弁当を包むために、ニトリで保冷クロスも買ってみました。

折り畳むとピタッとくっつくタイプなので、保冷バッグよりかさばりません。

リュックのポケットにも収まりがよさそうです。

こうして文章にしてみると、ずいぶん細かいことに時間を使っているなと思います。

でも、不思議と私はこういう時間が嫌いではありません。

むしろ、楽しい。

小さな不便は、毎日少しずつ積み重なる

「もっと大事なことがあるでしょう。」

そう思う人もいるかもしれません。

私も昔は、そう思っていたかもしれません。

多少使いにくくても、我慢すればいい。

サイズや使い勝手が悪ければ、また買い直せばいい。

多少不便でも、そのうち慣れればいい。

暮らしを整えることよりも、我慢したり、買い直したりしながら使えば、それでいいと思っていました。

でも今は、少し考え方が変わりました。

毎日使うリュック。

毎日持っていくお弁当。

毎日書くボールペン。

毎日履く靴。

一つひとつは、とても小さなことですが・・・。

その小さなことの毎日の積み重ねって、結構重要です。

例えば朝。

「あ、お弁当がリュックのポケットにジャストフィットで吸い込まれた。(笑)」

それだけで、少し気分がいい。

仕事が終わって家に帰る頃には、その小さな気分の良さなんて忘れているかもしれないけど。

でも、その「ちょっと快適」が毎日積み重なると、生活全体が少しずつラクになります。

逆に、小さな不便も毎日積み重なります。

毎朝、お弁当をどこに入れようか迷う。

荷物がうまく収まらず、リュックの中を入れ直す。

結局お弁当だけは保冷の手提げに別に持つ殊になり、せっかくの手ぶらになれるリュックの利便性半減・・・。

どれも、一つひとつはそんなに大したことじゃないかもしれないですけどね。

でも、毎日繰り返すことなら、少しでも使いやすくしたいな、と思いますよね。

私はようやく、そんな風に考えるようになりました。

整えることは、未来の自分を助ける準備

私は以前、「整える」ということを、見た目をきれいにすることだと思っていました。

部屋を片付ける。

収納を工夫する。

物をきれいに並べる。

そういうことだけを想像していました。

でも最近思うのは、整えるというのは、単に見た目をきれいにすることではなく、

「未来の自分を助ける準備」

なのではないかということです。

明日の朝、自分が困らないように。

仕事の日、自分が少しでもラクに動けるように。

疲れて帰った自分が、少しでも機嫌よく過ごせるように。

そんな小さな準備を、今日の自分がしてあげる。

だから、整えるという行為には安心感があるのかもしれません。

何かをきれいに揃えたから満足するのではなく、

「これで明日の私は少しラクになる。」

と思えることが、嬉しくないですか。

暮らしを整えることは、自分を管理することでも、きちんとした人になることでもありません。

今の自分が、未来の自分に小さな親切をしておくことなのだと思います。

「あの時の私、ナイス!」そう思えると、いいですよね。

暮らしの最適解は、値段だけでは決まらない

そしてもう一つ、今回のお弁当箱探しで面白いな、と思ったことがあります。

私は最初は、

「せっかく良いリュックを買ったんだから、お弁当箱も良いものを選びたい。」

と思っていました。

でも実際に自分の生活に合わせて探してみると、一番しっくりきたのは100円ショップのタッパーでした。

サイズもちょうど探しているもので、リュックの中でお弁当の汁が漏れない密閉できるもの。

値段ではありませんでした。

ブランドでもありませんでした。

「私の暮らしに合うかどうか。」

結局、大事なのは「使い勝手」。それだけだったんです。

この感覚は、お弁当箱だけの話ではありません。

高いものだから価値があって、自分に合っているわけではない。

安いものだから妥協しているわけでもない。

自分の生活の中で、ちゃんと役に立ってくれるもの。

自分の小さな不便を減らしてくれるもの。

自分の気分を少し上げてくれるもの。

そういうものには、値札だけでは決められない、その人だけの価値があります。

高いものも、安いものも、自分に合う形で組み合わせればいい。

お気に入りのミレーのリュックに、100円ショップのタッパーを入れて通勤する。

その組み合わせが、今の私にはちょうどいい。

だから私は、暮らしを整えることが好きなのかもしれません。

完璧な生活を目指しているわけではなく、

誰かに見せるための、素敵な暮らしを作りたいわけでもない。

ただ、毎日の小さな不便を少しずつ減らして、未来の自分が少し機嫌よく過ごせるようにしたい。

そのために、小さな工夫を積み重ねが気持ちいいと感じるんだと思います。

🧪 今日の研究結果

暮らしを整えることは、理想の生活を作ることではない。

今日の自分が、明日の自分を少し助けてあげること。少し笑顔にすること。

値段に関係なく、高いものでも、安いものでも、自分の暮らしにちょうどよく収まるものを選ぶこと。

そんな小さな工夫の積み重ねが、自分を大切にすることにつながるのだと思う。

📖 noteでは、

「私は、なぜ何かを整えると少し元気になるんだろう。」

という問いから、暮らしを整えることで感じる小さな心の変化について書いています。

>>>note記事はこちらから(https://note.com/hoshinohazuki/n/n539f32bde706)

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