40代の誕生日は、自分のためだけの日ではなくなったと思った話

誕生日 私らしく生きる
誕生日

つい先日、47歳の誕生日を迎えました。

誕生日の前日、家族でスシローに行きました。

「明日、お母さんの誕生日だから、お祝いのお寿司を食べよう」

ということらしいです。

私の誕生日のお祝いなのに、子どものリクエストです。

しかも、お金を払うのは私です。(笑)

さらに、私本人よりも子どもたちの方が楽しみにしていました。

「お母さんの誕生日だから」という名目で、子どもたちが嬉しそうにお寿司を食べる。

しかも、主役であるはずの私がちょっと引くほど食べる。(笑)

その様子を見ながら、ふと思いました。

誕生日って、いつの間にか自分のためだけの日ではなくなったんだな。

若い頃の誕生日は、もっと「私の日」だった

若い頃の誕生日は、もっと「私の日」という感じがありました。

プレゼントをもらったり。

自分で自分にプレゼントを選んだり。

ケーキを食べたり。

誰かにお祝いしてもらったり。

少しだけ特別扱いされるような日。

誕生日には、どこか「主役感」があったように思います。

でも、40代になった今は、誕生日だからといって一日中自分が主役になるわけではありません。

家のことは普通にあるし。

仕事も普通にあるし。

家族の予定も普通にある。

誕生日だからといって、生活が全部止まってくれるわけではないんですよね。

47歳の誕生日は、普通に仕事だった

今年の誕生日当日は、普通に仕事でした。

しかも、通常の日より少しプレッシャーのかかる一日でした。

正直に言うと、

「47回の誕生日の中で、一番楽しみじゃないかも。」

とすら思っていました。

ちなみに、去年の誕生日は会社の研修でした。

私の誕生日、なかなか仕事に縁がありますね。あまり嬉しくないけど。(苦笑)

でも、こういう感じが40代のリアルなのかも……とも思います。

誕生日だからといって、急に特別な休みになるわけでもない。

誰かが全部を整えてくれるわけでもない。

いつもの生活の中に、誕生日がぽすっと埋め込まれている。

そんな感じです。

家族が楽しそうにしていることが、嬉しくなっていた

でも、だからといって不幸な誕生日だったかというと、そうでもありません。

子どもたちが楽しそうにお寿司を食べている。

家族で同じテーブルを囲んでいる。

「お母さんの誕生日」という理由で、子どもがその日を楽しみにしている。

その様子を見ていたら、苦笑いしながらも、

「まあ、これはこれで悪くないか。」

と思っている自分がいました。

若い頃みたいに、自分が主役として盛大にお祝いされる誕生日ではない。

でも、家族が楽しそうにしていることが、自分にとってはプレゼントなのかもしれない。

そう思いました。

喜びの形が変わってきたのかもしれない

誕生日は、自分のためだけの日ではなくなった。

そう感じると、少し寂しい気もします。

でも、それは自分が後回しになったというより、

自分の喜びの形が変わってきた

ということなのかもしれません。

若い頃は、自分が祝われることが嬉しかったし、その日はちょっと特別扱いしてほしかった。(笑)

でも今は、自分の誕生日を理由に家族が楽しそうにしていることが、ちょっと嬉しい。

もちろん、

「いや、お祝いって言うけど、払うの私やん。」

とは思います。(笑)

でも、それでもまあいいかと思える。

それが今の私の誕生日なのかもしれません。

自分の誕生日も、生活の中にある

40代の誕生日は、若い頃に想像していたよりずっと普通です。

仕事もある。

家事もある。

子どもの予定もある。

体調の波もある。

自分の誕生日なのに、自分だけを大切にする日にはなりにくい。

でも、その普通の生活の中で、

「おめでとう」

と言ってもらえたり、

家族でごはんを食べたり、

子どもたちが嬉しそうにしていたりする。

そのくらいの小さな特別感が、今の自分にはちょうどいいのかもしれません。

むしろ、家族が嬉しそうにしていることや、なんでもない日常の中に誕生日がぽすっと埋もれている感じが、今の私にとってはプレゼントなのかもしれません。

誕生日は、自分のためだけの日ではなくなった。

でも、それは寂しいことではなくて、

自分の人生の中に、大切にしたい人たちが増えたということでもあるのかもしれません。

47歳の誕生日は、そんなことを感じた誕生日でした。


🧪 今日の研究結果

40代の誕生日は、若い頃のように「自分だけが主役の日」ではなくなっていくのかもしれません。

仕事もあり、家事もあり、家族の予定もある。

でもその中で、家族が楽しそうにしていることや、いつもの生活の中に少しだけ特別な時間があることが、自分にとっての嬉しさになっていく。

誕生日は、自分のためだけの日ではなくなった。

でもそれは、自分の喜びの形が変わってきたということなのかもしれません。


📓 このテーマについて、もう少し個人的な視点で書いています

このブログでは、40代の誕生日と家族との時間について、少し整理して書きました。

noteでは、47歳の誕生日に感じた「誕生日は自分のための日ではなくなったのかもしれない」という気持ちを、もう少し個人的な視点で書いています。

▶︎ note
「誕生日は、自分のための日ではなくなったのかもしれない。」

コメント

タイトルとURLをコピーしました